浅川巧 ~植林をしながら朝鮮の陶磁器を研究した日本人~

img_0.jpg
画像は「ふるさとの美を訪ねて『夢結館』」さんからお借りしました。


浅川巧さんは、日韓併合時代の朝鮮で植林の仕事をしながら、兄の浅川伯教さんと朝鮮の陶磁器の研究と保存に勤めた日本人です。





「白磁の人」 公式サイト 


自ら朝鮮語を習い話し、普段は朝鮮の衣装を着て朝鮮の家屋に住み、朝鮮のお酒を飲むなど、朝鮮の人達と同じ暮らしをしようとしました。
1924年には民俗学者の柳宗悦さんと兄伯教さんと共に、景福宮内に朝鮮民族美術館を設立しました。


浅川巧 wikipedia
浅川伯教 wikipedia


「浅川伯教・巧兄弟資料館」 ブログ

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

道・白磁の人浅川巧の生涯 [ 小澤龍一 ]
価格:1512円(税込、送料無料) (2017/3/21時点)







[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

道 〜白磁の人〜 【DVD】
価格:4568円(税込、送料別) (2017/3/21時点)




クリックで応援してもらえると嬉しいです。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

----------------------------------------------------------------------------------------
*韓国・朝鮮・在日関係の寄付先*
・朝鮮学校へのベルマーク・使用済みインクカートリッジの寄付
・故郷の家(在日のお年寄りのための老人ホーム)
・青丘社(川崎市桜本地区の福祉法人)
----------------------------------------------------------------------------------------
*こちらのブログもやっています*
・日本に住む韓国・朝鮮籍の人達
・韓国の農業(特にオーガニック農業)の情報を集めるブログ
・韓国のHP集
----------------------------------------------------------------------------------------

高橋昇 ~朝鮮全土を歩き朝鮮の農業を記録した日本人~




高橋昇さんは27歳の時に朝鮮に渡り、朝鮮総督府農業試験場水原本場に農業技官として就任しました。
日韓併合時の日本は、韓国に昔からある農業方法を蔑視し、日本の農業の方法を押し付けようとし、稲作も日本人向けの品種に変更させたりしていました。
「その土地の農業方法を尊重するべきである」とそれに反対した高橋昇さんは、敗戦まで26年間、農業技師として勤務しつつ一戸一戸農家を訪ね、朝鮮全土の農業をくまなく調査し膨大な資料を残しました。
また貧しい農民の生活向上のために、小麦と醤油の研究もしました。
高橋昇さんが集めた膨大な資料は現在、京畿道・水原市の農業科学館の一角で展示されています。


こちらの方のブログに、高橋昇さんの詳しい仕事や経歴の記事が載っていました。
「高橋昇ー朝鮮の農民に学んだ農学者 1」
「農学者・高橋昇 2」
「農学者・高橋昇 3」
「農学者・高橋昇 4」

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

写真でみる朝鮮半島の農法と農民 [ 高橋昇(1892-1946) ]
価格:3024円(税込、送料無料) (2017/3/21時点)




クリックで応援してもらえると嬉しいです。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

----------------------------------------------------------------------------------------
*韓国・朝鮮・在日関係の寄付先*
・朝鮮学校へのベルマーク・使用済みインクカートリッジの寄付
・故郷の家(在日のお年寄りのための老人ホーム)
・青丘社(川崎市桜本地区の福祉法人)
----------------------------------------------------------------------------------------
*こちらのブログもやっています*
・日本に住む韓国・朝鮮籍の人達
・韓国の農業(特にオーガニック農業)の情報を集めるブログ
・韓国のHP集
----------------------------------------------------------------------------------------

網切一郎 ~韓国籍を取りエリンギ栽培に成功した日本人~

47175_17679_2635.jpg
写真は「Busan nikki 2 (2014~)」さんからお借りしました。


綱切一郎さんは、韓国で初めてエリンギ栽培に成功し、「きのこ博士」と呼ばれた人です。


綱切一郎さんは日韓併合時代の韓国で生まれましたが、終戦の時に父親が開放された朝鮮人達に自宅軟禁され、そのまま日本に強制送還されてしまいます。
たまたま隣のヤンさんの家に遊びに行っていた3歳の綱切さんは、そのままヤンさんの家に引き取られ育てられます。
そしてたまたま高校時代に自分が日本人である事を知り、衝撃を受けます。


1970年に日本国籍を回復しましたが、自分を育ててくれた韓国への恩を取り、再度韓国籍に帰化しました。


韓国の養親の親類から譲り受けた農園でキノコ栽培を手がけ、韓国内で初めてエリンギ栽培に成功し、2001年には第35回新農民賞大統領賞を受賞しました。


地元の里長(町長)も歴任し、日韓農家の交換ホームステイにも積極的でした。
1999年には新知識人賞、2001年には新農民賞、大統領賞など、賞を10以上授与されています。


綱切一郎さん wikipedia
【ピープル】日本人の血筋で60年「韓国で生きる」網切一郎さん


クリックで応援してもらえると嬉しいです。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

----------------------------------------------------------------------------------------
*韓国・朝鮮・在日関係の寄付先*
・朝鮮学校へのベルマーク・使用済みインクカートリッジの寄付
・故郷の家(在日のお年寄りのための老人ホーム)
・青丘社(川崎市桜本地区の福祉法人)
----------------------------------------------------------------------------------------
*こちらのブログもやっています*
・日本に住む韓国・朝鮮籍の人達
・韓国の農業(特にオーガニック農業)の情報を集めるブログ
・韓国のHP集
----------------------------------------------------------------------------------------