梨本宮方子妃殿下(李方子) ~韓国の障害児教育に尽力した妃殿下~

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画像は「ぼやきくっくり」さんからお借りしました。


日韓併合時代、国策として韓国人と日本人の結婚が推奨されました。
梨本宮方子妃殿下は1920年に李朝世子の李垠と結婚しました。
敗戦後は王公族の身分と日本国籍を喪失して、日本で一在日韓国人となり、邸宅・資産を売却しながら細々と生活を送りました。


李承晩政権の時は韓国への帰国を拒否されたのですが、朴正熙政権になってから1963年に帰国しました。
夫の死後、当時の韓国ではまだ進んでいなかった障害児教育(主に知的障害児・肢体不自由児)に取り組み、知的障害児施設の「明暉園」と知的障害養護学校である「慈恵学校」を設立しました。
また趣味でもあった七宝焼の特技を生かしソウル七宝研究所を設立しました。


また在韓日本人女性の会「芙蓉会」の初代名誉会長も勤めました。
芙蓉会についての記事はこちら。


1981年に韓国政府から「牡丹勲章」が授与され、死後に韓国国民勲章槿賞(勲一等)を追贈されました。


梨本宮方子妃殿下(李方子) wikipedia




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